デンマークの庭から学んだこと

昔は、家の中に階段がある家に住むのが夢だったんだけど、でもデンマークに越してきてから、庭のある家に住むのがあこがれになった。(階段のある家には前回で引っ越せてしまったからかもしれないけど)
そしてそのきっかけは、おそらくデンマークでとある幼稚園に訪問してからなように思う。
子供たちの庭 “NØKKEN”:デンマークのシュタイナー幼稚園

創設者であるHelle Heckmannさんが30年に渡り創り続けてきた子供たちの為の庭。子供たちは雨でも風でも、ほぼ毎日この庭で一日を過ごすという、とっても特別な幼稚園の庭。

そこで見たのは、小さな箱庭にある小さな自然界そのもの。
調和や、未完成の美しさ。

ああ、ここで子供たちは命や、世界そのものを言葉ではなく学んでいくんだなと思ったら、庭という存在がすごくすごく私にとって特別な存在になった。そしていつか、自分の庭が欲しいと強く思うようになった。

そんな私がコペンハーゲンの激しい住宅競争の中ご縁あって住みつくようになった今のおうちには、そんな私の夢が詰まったお庭がありまして。前の家にも共有の庭があって、そこには遊具もたくさんあって子供たちは楽しそうにそこで遊んでいたし、広々した芝生にマットをしいてお昼寝なんかもとっても気持ちよかったんだけれど、今のおうちのお庭はまた、ちょっと違う。

とにかくあるのは花壇と畑、そして前のオーナーや下の住人によるたくさんの植物たち。ものすごい量の鉢植えが並び、花壇は寄せ植えで隙間もなく花が植わっている。隣人の畑には今いちごやらトマトやらルバーブやらが植わっていて、我が家の花壇にもチューリップやらラベンダーやらバラも桜もたくさん植わっている。

毎週末、隣人夫婦は雑草の処理をしたり、木で鳥の巣を作ったり、温室用の棚を整理したり芝を刈ったり。彼らはたくさんの時間を庭で過ごす。時にお庭用の椅子の色替えをしてみたり、やることは尽きない。古い家なのであちこち常にメンテナンスが必要だし、やりたいことがたくさんある。彼らの”素敵な家プロジェクト”は終わることはない。

そんな隣人に触発されて、また既に素敵な花あふれる庭に誘われて、私もせっかくのお花畑に自分の好きな花を植えようと初めてのガーデニングを始めてみたんだけれど、そこでわかってはいたけれど実際目の当たりにすると驚くのは、たった一つ、種から花を咲かせるのに、それはそれは手間も時間もかかるということ。さらにそれが野菜や果物であったなら、その手間は倍増、虫や温度との闘いも始まるし、肥料もしっかり与えなくちゃいけない。

普段何気なく目にしている花一つ、こんなに手間がかかるのか!と思ったら、一気に花を愛でるのが楽しくなった。これまで正直そこまでお花が好きではなかった(庭にはお花よりも木とか草がいいと思っていた)んだけど、今は花が咲くことにものすごくありがたみや感動があり、それによって季節を感じられることがわかった。さらに野菜ひとつ、今はあたりまえにスーパーにずらりと並んでいてすぐ買えるけれど、本当に農家の人が手間ひまかけて育ててくださっているのもよくわかる。

雨水が溜まる樽。このお水ならタダなので子供たちが好きなように水で遊ぶことが出来る。そ

そういう環境の中で当たり前に育つことができる子供たちは、幸せだと思う。目の前にあるものが、当たり前にすぐ手に入らないことや、完璧な状態で手に入ることはないことを知っている。花が咲くと嬉しくなり、それをきれいだと思うことが出来る。季節を感じることが出来る。そこに育っている木や草や花や野菜たちが、そのまま家族との絆や時間でもある。自然は、世界は、たった一つでは完結しないことを理屈ではなく知っている。そこに花があれば蜂や虫が飛んできて、そこに実があれば鳥も来る。葉っぱを食べる虫も集まるし、堆肥は動物のフン。自分たちがどの程度のかかわりをすると自然が壊れるのかを知っている。木の枝を折っても木は枯れないけれど、花を踏みつけたら二度と花は咲かない。

今の家には、遊具らしい遊具はあんまりない。所謂トランポリンとか、滑り台とか。でもずっと息子は、隣人の同じ年の息子さんと二人で庭をぐるぐる遊びまわっている。木の枝をぶんぶんして兵隊ごっこをしてみたり、花を摘んでみたり、土の中にいるワームを探したり。水鉄砲で花壇にお水をあげたり、お庭で紙飛行機を飛ばしたり、どうやらやることは尽きない様子。

私はなにせ庭ビギナーなもので、隣人の助けを借りながら少しずつ庭の楽しみ方を覚えているところ。でも、私にとって庭が特別に感じるようになったきっかけは、そこに命があること。そしてその命の美しさは、既に完成され洗練されたものではなく、常に未完成で私達はそこに対して常に働きかけ、関わりが必要であるという、自分たちを含めたその時間の流れ全てを含んで完成する美しさであるということ。そしてそこに家族の絆が存在し、そしてその小さな箱庭が、地球の自然そのものへの窓口になっていること。

さらにデンマークの庭は、隣人との境界がコンクリートの塀ではなく、ふわりと隙間のあいた緑の壁であることが多く、実際我が家も緑の壁越しによく息子は隣人と会話している。日本人は孤独になれているという話をよく聞くけれど、逆にデンマークではどこかしこに人の気配がする。私達にとっては、こんなにデンマークの”中”に近い場所で暮らすのは初めての経験。この素敵な庭のある家で、めいっぱい、楽しめるものは楽しみ、学べるものを学び尽くして次のところへ旅だちたいなと思っているのでありました。

いつか、今度は”自分の庭”を持てたその時の為に。

 

 

Advertisements