映画の後。

久しぶりに、じっくりと映画を観た。 (じっくりとってのは、気持ちの問題) 同じ映画を観ても、自分の成長と共に新しい発見のある映画は 素晴らしい映画だなぁとつくづく思う。 観た映画は「千と千尋の神隠し」 最初に観たのは高校生の頃、劇場で2回も観たけど、 当時の感想は、 「世界観はスキだけど、いまいちピンと来ない。 やっぱり魔女の宅急便、トトロ、ラピュタとかの方が面白い」 今日あらためて観たけど、 今まで見えなかったものが、見えたような気がする。 挨拶やお礼も言えなかった少女。 他人のものに無断で手を出してブタに変えられてしまった大人。 労働という対価なしには存在することすら叶わぬ世界。 ”契約”というもの。 相手の縛り方。 ”外見”と”本質”。 一生懸命さに手を差し伸べる姿。 人の気持ちを引きつけたくて、カネやモノでなんとかしようとする、 そしてそのカネやモノに群がる人々、 その群がった人々を見て自分自信を過大評価して見失い、 最後には何も残らないさま。 自分で”決断”し、”行動”すること。 ”帰り道”のない片道切符。 大きな力の使い方。 人と人との絆の結び方。 手の差し伸べ方。 愛情の持ち方。 人として大事なもの。 自分の為ではなく他人の為に動くことでの大きな成長。 自分の成長に伴う、まわりの変化。 そして、自分の人生を生きるため、振りかえらずまっすぐ進む姿。 一見最初と同じシーンのようで、全く違うラストシーン。 たった2時間の物語の中で、 きっともっと多くのことが語られていたんだと思うと、 最初に観た時、私はまだまだ子供だったんだなぁと思う。 そして、こういうことは全て、 映画の中ではちょっとしたしぐさや表情、態度、言葉、 音楽、背景、全てで表現されていて、 しかもそこに意図されないものなどひとつもなくて、 そうすると自分の一挙一動や、 まわりのちょっとした変化すら愛おしく感じて来るから不思議。 ただの呼吸ひとつでさえ、 視線の動きひとつでさえ、 自分の人生の演出のひとつなんだなーなんて。 あまり詳しくは覚えていないけど、 昔読んだ、岸田秀の「ものぐさ精神分析」の中で、著者が 「人は自分自身を主人公とした物語を作りながら生きている」 といったような表現をしていて、 幼いながら、どこかものすごく納得した記憶がある。 私は今この時も、 自分を主人公に物語を書きつづけていて、 その結末への道筋は、 今この一挙一動によって作られていく。 自分の思い描くラストシーンへ近づく為に今自分がすべきことは、…